
失業保険(正式名称:雇用保険の基本手当)は、退職された方が新しい仕事を探す間の生活を支える重要な公的給付制度です。退職を決意してから実際に職場を離れるまでの期間は、業務の引き継ぎなどで多忙になりがちですが、失業保険をスムーズに受給するためには「退職前にやること」を確実に済ませておくことが極めて重要です。
退職前の準備が不十分な場合、退職後の手続きに遅れが生じたり、本来受け取れるはずの給付額や給付日数に影響が出たりする可能性があります。本記事では、日本の社会保険制度・雇用保険制度に基づき、失業保険の受給に向けた退職前の準備、自己都合と会社都合の違い、そして具体的な手続きの流れについて詳しく解説します。
失業保険(基本手当)の制度概要と受給条件
失業保険(基本手当)とは、雇用保険の被保険者が離職し、働く意思と能力があるにもかかわらず就職できない状態(失業の状態)にある場合に、再就職を支援する目的で支給される給付金です。この制度を利用するためには、一定の受給条件を満たす必要があります。
まず、対象者の条件として、以下の要件をすべて満たしていることが求められます。
- ハローワークに来所し、求職の申込みを行っていること
- 就職しようとする積極的な意思があり、いつでも就職できる能力があること
- 本人やハローワークの努力によっても、職業に就くことができない「失業の状態」にあること
- 原則として、離職の日以前の2年間に、雇用保険の被保険者期間が通算して12カ月以上あること(※倒産や解雇などの会社都合退職の場合は、離職の日以前の1年間に被保険者期間が通算して6カ月以上あれば対象となります)
病気やケガ、妊娠、出産、育児、あるいは定年退職後にしばらく休養したいといった理由ですぐに働くことができない場合は、原則として「失業の状態」に該当しないため、基本手当を受けることはできません。ただし、その場合は受給期間の延長手続きを行うことが可能です。
給付内容および金額については、「基本手当日額」として計算されます。基本手当日額は、原則として退職した日の直前の6カ月間に支払われた賃金(賞与などは除く)の合計を180で割った金額(賃金日額)の、およそ50%から80%(60歳から64歳については45%から80%)となります。賃金の低い方ほど給付率が高く設定される仕組みです。また、年齢区分ごとに基本手当日額の上限額と下限額が定められています。
給付日数(所定給付日数)は、離職時の年齢、雇用保険の被保険者であった期間、および離職の理由などによって決定され、90日から最大330日の間で設定されます。
自己都合退職と会社都合退職の違いとは?
失業保険を受給する際、退職理由が「自己都合」であるか「会社都合」であるかによって、給付の開始時期や給付日数に大きな違いが生じます。退職前にご自身の退職理由がどちらに該当するのかを明確に把握しておくことが重要です。
会社都合退職(特定受給資格者・特定理由離職者)
倒産、事業所の廃止、解雇(重大な責めに基づく解雇を除く)など、労働者の意思に反して離職を余儀なくされた方を「特定受給資格者」と呼びます。また、期間の定めのある労働契約が更新されなかった場合や、病気、妊娠、配偶者の転勤などのやむを得ない理由により離職した方を「特定理由離職者」と呼びます。
会社都合退職の場合、ハローワークで求職の申込みを行った後、7日間の「待期期間」を満了すれば、給付制限を受けることなく失業保険の支給対象となります。また、所定給付日数が自己都合退職に比べて手厚く設定されており、年齢や被保険者期間によっては最大330日分の給付を受けることが可能です。
自己都合退職(一般の離職者)
転職、独立、キャリアアップ、または個人的な理由による退職は「自己都合退職」に分類されます。自己都合退職の場合、7日間の待期期間に加えて、原則として2カ月間(※)の「給付制限期間」が設けられます。この給付制限期間中は失業保険を受け取ることができません。
(※令和2年10月1日以降の離職において、5年間のうち2回までは給付制限期間が2カ月となりました。3回目以降は3カ月となります。また、令和6年以降の制度改正の動向により、教育訓練を受ける場合などに給付制限が緩和される措置も検討・実施されています)
自己都合退職の所定給付日数は、被保険者期間に応じて90日から150日の間で決定され、会社都合退職と比較すると短くなる傾向があります。退職理由が事実と異なる形で処理されると、不利益を被る可能性があるため、退職前の確認が不可欠です。
失業保険の手続きをスムーズに!退職前にやること
退職後に失業保険の手続きを遅滞なく行うためには、退職前の段階から以下の準備を進めておくことが推奨されます。
1. 給与明細(直近6カ月分)の保管
退職前6カ月分の給与明細は、失業保険の基本手当日額を算出する基礎となる重要なデータです。会社がハローワークに提出する離職証明書には賃金状況が記載されますが、万が一、未払い残業代が含まれていないなど、記載内容に誤りがあった場合、給与明細が客観的な証明資料となります。紙の明細だけでなく、Web明細の場合は退職後にログインできなくなる可能性があるため、事前にPDF等でダウンロードして保管しておくことが必要です。
2. 雇用保険被保険者証の確認
「雇用保険被保険者証」は、雇用保険に加入していることを証明する書類です。入社時に会社に預け、会社が保管しているケースが一般的です。退職時に会社から返却されるはずですので、確実に受け取るようにしてください。紛失している場合は、ハローワークで再発行の手続きが必要となります。
3. 離職証明書の記載内容(離職理由)の事前確認
会社は退職者の離職日の翌日から10日以内に、ハローワークに対して「雇用保険被保険者資格喪失届」および「雇用保険被保険者離職証明書」を提出する義務があります。この離職証明書には、退職理由が記載されます。会社が書類を提出する前に、労働者本人の署名・捺印を求められるのが原則です。この際、離職理由が「自己都合」とされているか「会社都合」とされているかを必ず確認してください。事実と異なる理由が記載されている場合は、その場で会社に訂正を求めるか、署名欄に「異議あり」と記載してハローワークで申し立てを行う準備をする必要があります。
4. 離職票の受領方法の確認
ハローワークでの手続きが完了すると、会社を通じて「雇用保険被保険者離職票(離職票-1、離職票-2)」が退職者に交付されます。通常、退職日から1〜2週間程度で郵送されてきます。退職前に、離職票が自宅に郵送されるのか、会社に取りに行く必要があるのかを確認し、郵送の場合は送付先の住所を人事・総務担当者に正確に伝えておくことが重要です。
5. 管轄ハローワークの確認と必要書類の準備開始
失業保険の申請手続きは、退職者の「現住所を管轄するハローワーク」で行います。退職を機に引越しを予定している場合は、引越し前の住所と引越し後の住所のどちらの管轄で手続きを行うべきか、スケジュールを考慮する必要があります。また、申請に必要なマイナンバー確認書類、身分証明書、証明写真などを退職前から少しずつ揃え始めておくと、離職票が届いた際に即座に申請へ向かうことができます。
退職後の失業保険申請手続きの流れと必要書類
離職票がお手元に届いたら、速やかに現住所を管轄するハローワークの窓口で手続きを行います。具体的な手続きの流れは以下の通りです。
- 求職の申込みと離職票の提出
ハローワークの窓口に赴き、「求職申込書」を記入して提出するとともに、離職票などの必要書類を提出します。この手続きを行った日が「受給資格決定日」となります。 - 雇用保険説明会への出席
受給資格が決定されると、ハローワークから「雇用保険説明会」の日時が指定されます。この説明会に出席し、失業保険の制度に関する詳細な説明を受けます。説明会の場で、「雇用保険受給資格者証」および「失業認定申告書」が交付されます。 - 失業の認定(原則4週間に1回)
失業保険を受け取るためには、原則として4週間に1回、指定された「失業認定日」にハローワークへ行き、失業の認定を受ける必要があります。この際、前回の認定日から今回の認定日までの間に、原則として2回以上の求職活動(※会社都合退職などで初回認定日の場合は1回以上)を行った実績を「失業認定申告書」に記入して申告します。 - 基本手当の受給
失業の認定を受けた後、約1週間程度で、指定した本人名義の金融機関口座に基本手当が振り込まれます。以降は、再就職が決まるか、所定給付日数を消化するまで「求職活動」と「失業の認定」を繰り返すことになります。
申請手続きを行うための必要書類は以下の通りです。漏れがないように準備してください。
- 雇用保険被保険者離職票(-1、-2)
- マイナンバーカード(お持ちでない場合は、マイナンバーが確認できる住民票記載事項証明書などと、運転免許証などの身元確認書類)
- 写真2枚(最近6カ月以内に撮影した正面上三分身、縦3.0cm×横2.5cmのもの)
- 本人名義の預金通帳またはキャッシュカード(一部指定できない金融機関があるため事前に確認が必要です)
- 印鑑(認印可、スタンプ印は不可の場合が多いため朱肉を使う印鑑を持参すると確実です)
失業保険の申請に関する注意点と申請期限
失業保険を受給するにあたり、いくつか重要な注意点と厳守すべき期限が存在します。これらを理解していないと、不利益を被る可能性があります。
- 申請期限(受給期間)に注意する
失業保険の受給期間は、原則として「離職日の翌日から1年間」と定められています。この1年を過ぎると、所定給付日数が残っていたとしても、基本手当を受け取ることはできなくなります。特に、給付制限が2カ月ある自己都合退職の場合や、所定給付日数が長い方の場合は、手続きが遅れると全額を受給しきれない事態に陥る可能性があります。離職票が届いたら、可能な限り早くハローワークで手続きを行ってください。 - 離職票が届かない場合の対応
退職後2週間以上経過しても会社から離職票が届かない場合は、まず会社の人事・総務担当者に状況を確認し、発行を催促してください。それでも対応してもらえない場合は、ハローワークに相談することで、ハローワークから会社に対して交付を促す指導を行ってもらうことができます。 - 待期期間中および給付制限期間中の労働について
求職の申込みを行ってから7日間の「待期期間」中は、アルバイトやパートを含め、一切の労働をしてはいけません。労働した日があると、待期期間が延長されます。また、給付制限期間中のアルバイトは一定の条件のもとで可能ですが、労働時間や日数によっては「就職」とみなされる場合があるため、必ず事前にハローワークに申告・相談してください。 - 不正受給の禁止
アルバイトで収入を得たにもかかわらず申告しない、虚偽の求職活動実績を申告するなどの行為は「不正受給」に該当します。不正受給が発覚した場合、支給停止に加え、不正に受給した金額の返還、さらには受給額の最大2倍の納付(いわゆる3倍返し)を命じられるなど、極めて厳しい処分が下されます。申告は正確かつ誠実に行う必要があります。
失業保険の制度は、法改正や運用ルールの見直しによって要件が変更されることがあります。退職前の準備や手続きを進めるにあたっては、本記事の内容を参考にしつつ、最新情報は厚生労働省やハローワーク公式で確認してください。