
会社を退職した際、これまで会社が代行してくれていた社会保険の手続きを、ご自身で行わなければならないケースがあります。特に年金制度は、退職時の年齢やその後の働き方によって、必要な手続きや受給できる金額が大きく異なります。「退職後の年金はどうするべきか」という疑問に対し、公的年金の種別変更手続きから、働きながら年金を受け取る際の注意点、さらには雇用保険(失業保険)との調整まで、実務的な観点で解説します。
また、2026年(令和8年)に向けて予定されている在職老齢年金制度の改正や、退職所得控除の見直しといった最新動向についても触れながら、退職後の生活設計に役立つ情報を提供します。
退職後の公的年金手続き:種別変更と国民年金への加入
退職時に60歳未満である場合、厚生年金から国民年金への切り替え手続きが必要です。会社員として勤務していた期間は「第2号被保険者」でしたが、退職によりこの資格を喪失するため、自営業者や無職の方が該当する「第1号被保険者」への種別変更を行います。
なお、退職後すぐに再就職し、新しい会社で厚生年金に加入する場合は、この手続きは不要です。ここでは、再就職までの期間が空く場合や、そのままリタイアする場合の手続きについて解説します。
制度の概要と対象者
日本国内に住所がある20歳以上60歳未満の方は、必ず国民年金に加入しなければなりません。会社を退職した翌日から、厚生年金の被保険者資格を失うため、速やかに国民年金の第1号被保険者としての加入手続きを行う必要があります。
対象者:
- 退職時に20歳以上60歳未満の方
- 退職後すぐに再就職しない(厚生年金に加入しない)方
- 退職した方に扶養されていた配偶者(第3号被保険者から第1号被保険者へ変更が必要)
申請窓口と申請期限
手続きは、お住まいの市区町村役場の国民年金担当窓口で行います。
申請期限:
- 退職日の翌日から14日以内
期限を過ぎても手続きは可能ですが、未納期間が発生すると将来の年金額が減ったり、万が一の際の障害年金が受け取れなくなったりするリスクがあります。可能な限り速やかに手続きを行ってください。
手続きの流れと必要書類
手続きは以下の手順で進めます。
- 必要書類の準備
以下の書類を用意します。- 基礎年金番号通知書または年金手帳
- マイナンバーカード(または通知カードと本人確認書類)
- 退職日が確認できる書類(離職票、退職証明書、健康保険資格喪失証明書など)
- 印鑑(認印で可、本人が署名する場合は不要なケースもあり)
- 市区町村役場での届出
お住まいの市区町村役場の国民年金窓口へ行き、「国民年金被保険者関係届書(申出書)」を提出します。 - 保険料の納付
後日、日本年金機構から納付書が送付されますので、金融機関やコンビニエンスストアなどで保険料を納めます。口座振替やクレジットカード納付への変更も可能です。
注意点:扶養家族の手続きも忘れずに
会社員時代に配偶者を扶養に入れていた(第3号被保険者)場合、本人が退職して第1号被保険者になると、配偶者も同時に第3号被保険者の資格を失います。そのため、配偶者も第1号被保険者への種別変更手続きが必要です。この手続きも同時に行うようにしてください。
老齢年金の受給開始手続き:65歳到達時の請求方法
公的年金(老齢基礎年金・老齢厚生年金)は、受給資格期間(原則10年以上)を満たしていても、自動的に振り込まれるわけではありません。ご自身で「年金請求書」を提出する必要があります。原則として65歳から受給が開始されます。
制度の概要
老齢年金は、原則65歳から受け取ることができます。ただし、希望すれば60歳から64歳の間で繰り上げて受け取ることや、66歳から75歳の間で繰り下げて増額して受け取ることも可能です。
手続きの流れ
65歳になる3ヶ月前に、日本年金機構から「年金請求書(事前送付用)」が届きます。
- 年金請求書の確認と記入
届いた請求書に必要事項を記入します。氏名や住所があらかじめ印字されている場合が多いですが、誤りがないか確認してください。 - 必要書類の準備
請求書に加え、以下の書類が必要になる場合があります(個人の状況により異なります)。- 戸籍謄本または戸籍抄本(受給権発生日以降に交付されたもの)
- 世帯全員の住民票の写し
- 受取先金融機関の通帳またはキャッシュカード(コピー可の場合あり)
- 雇用保険被保険者証(雇用保険に加入していた場合)
- 年金事務所への提出
65歳の誕生日の前日以降に、お近くの年金事務所または街角の年金相談センターへ提出します。郵送での提出も可能です。
繰下げ受給の検討
65歳で請求せずに、66歳以降に受給を遅らせる「繰下げ受給」を選択すると、1ヶ月遅らせるごとに0.7%増額された年金を生涯受け取ることができます。最大で75歳まで繰り下げが可能で、その場合は84%の増額となります。退職後の就労状況や貯蓄額を考慮し、慎重に判断することが推奨されます。
働きながら受け取る「在職老齢年金」の仕組みと2026年改正
退職後も再雇用や再就職などで働き続け、厚生年金に加入しながら老齢厚生年金を受け取る場合、「在職老齢年金」という制度が適用されます。給与と年金の合計額が一定の基準を超えると、年金の一部または全額が支給停止となる仕組みです。
現行制度の概要(2024年度・2025年度)
60歳以上の方が厚生年金に加入して働く場合、以下の計算式で支給停止額が決まります。
基本月額(年金の月額) + 総報酬月額相当額(給与+賞与の1/12)
この合計額が「支給停止調整額(基準額)」を超える場合、超えた分の2分の1が年金から差し引かれます。
- 2024年度(令和6年度)の基準額: 50万円
- 2025年度(令和7年度)の基準額: 51万円(予定)
例えば、2024年度において、年金月額が10万円、給与等の月額が45万円の場合、合計は55万円となり、基準額の50万円を5万円超過します。この場合、超過分の半額である2.5万円が年金から減額されます。
2026年(令和8年)4月からの改正予定
政府の方針により、2026年4月から在職老齢年金の支給停止調整額が引き上げられる見込みです。報道や関連資料によると、基準額は現在の約50万円から62万円(月額)へと緩和される方向で調整が進められています。
この改正により、これまで年金が減額されていた給与水準の方でも、満額の年金を受け取りながら働ける可能性が高まります。例えば、給与と年金の合計が60万円程度であれば、現行制度では減額対象ですが、改正後は減額なしで受給できることになります。
※この改正内容は執筆時点での予定であり、正式な決定や詳細は今後厚生労働省から発表される情報を必ず確認してください。
雇用保険の「基本手当(失業給付)」と年金の調整
退職後にハローワークで求職活動を行い、雇用保険の基本手当(いわゆる失業保険)を受け取る場合、年金との調整が行われます。この調整は65歳を境にルールが大きく異なるため注意が必要です。
65歳未満の場合:年金と基本手当は同時に受け取れない
60歳から64歳までの間に「特別支給の老齢厚生年金」を受け取る権利がある方が、ハローワークで求職の申し込みを行い、基本手当を受け取る場合、基本手当の受給期間中は年金が全額支給停止されます。
一般的に、年金額よりも基本手当の日額の方が高額になるケースが多いため、求職活動を行う意思がある場合は、ハローワークで手続きを行い、基本手当を優先して受給することが経済的に有利な場合が多いです。基本手当の受給が終了すれば、年金の支給停止は解除され、再び年金を受け取ることができます。
65歳以上の場合:年金と「高年齢求職者給付金」は併給可能
65歳以降に退職し、雇用保険の受給要件を満たす場合は、「基本手当」ではなく「高年齢求職者給付金」という一時金が支給されます。
重要なポイントは、65歳以上の老齢厚生年金と高年齢求職者給付金は併給(両方受け取り)が可能であるという点です。つまり、年金が減額されることなく、失業給付(一時金)も受け取ることができます。
この制度を活用するためには、65歳の誕生日の前日以降も雇用保険に加入して働き、その後に退職する必要があります。
ハローワークでの申請手続き
失業給付(基本手当または高年齢求職者給付金)を受けるための手続きは以下の通りです。
- 必要書類の準備
- 離職票-1、離職票-2
- マイナンバーカード(または通知カードと本人確認書類)
- 写真(縦3cm×横2.5cm)2枚 ※マイナンバーカード提示で省略可能な場合あり
- 本人名義の預金通帳またはキャッシュカード
- 求職の申し込み
管轄のハローワークへ行き、求職申し込みの手続きを行います。 - 受給資格決定と待期期間
離職理由(会社都合か自己都合か)により、給付開始時期が異なります。- 会社都合(倒産・解雇など): 7日間の待期期間後、約1ヶ月後から支給開始
- 自己都合: 7日間の待期期間に加え、原則2ヶ月(または3ヶ月)の給付制限期間を経て支給開始
iDeCoや企業年金の受け取り方と税制改正の注意点
公的年金に加えて、iDeCo(個人型確定拠出年金)や企業年金に加入していた場合、退職後の受け取り方法を検討する必要があります。受け取り方には「一時金」「年金」「併用」の3パターンがあり、税制上の扱いが異なります。
受け取り方法と税制優遇
- 一時金形式: まとめて受け取る方法。「退職所得控除」が適用され、税負担が軽くなる傾向があります。
- 年金形式: 分割して受け取る方法。「公的年金等控除」が適用され、雑所得として課税されます。
退職所得控除の「5年ルール」から「10年ルール」への改正(2026年予定)
退職金やiDeCoの一時金にかかる税金を計算する際、「退職所得控除」という非課税枠が利用できます。しかし、iDeCoと会社の退職金を別々の時期に受け取る場合、その間隔によって控除枠の計算ルールが異なります。
現行では、前回の退職金受け取りから「5年」経過していれば、再び退職所得控除をフル活用できるルール(5年ルール)があります。しかし、2026年(令和8年)以降はこの期間が「10年」に延長される見込みです。
これにより、iDeCoを60歳で一時金として受け取り、その後65歳で会社の退職金を受け取るようなケース(間隔が5年の場合)では、これまでは控除枠の調整が有利に働いていましたが、改正後は控除額が減額され、税負担が増える可能性があります。
退職金の受け取り時期や形式(一時金か年金か)については、ご自身の勤続年数や受取予定額に基づき、税理士等の専門家や金融機関のシミュレーションを活用して慎重に計画することが重要です。
退職後の年金手続きに関する注意点とチェックリスト
最後に、退職後の年金手続きにおいて見落としがちなポイントを整理します。
- 国民年金保険料の免除・納付猶予制度
退職により収入が減少し、国民年金保険料の納付が困難な場合は、未納のままにせず「免除・納付猶予制度」の申請を行ってください。申請は市区町村役場の国民年金窓口で行えます。承認されれば、年金の受給資格期間に算入されます。 - 付加年金への加入検討
国民年金第1号被保険者は、月額400円の付加保険料を上乗せして納めることで、将来の老齢基礎年金に「200円×納付月数」が上乗せされる「付加年金」に加入できます。2年で元が取れるお得な制度です。 - 住所変更の手続き
マイナンバーと基礎年金番号が紐づいている場合、原則として住所変更の届出は不要ですが、日本年金機構にマイナンバーが未登録の場合などは、年金事務所への届出が必要になります。 - 年金定期便の確認
「ねんきん定期便」や「ねんきんネット」で、ご自身の年金記録に漏れがないか、将来の受給見込額がいくらかを定期的に確認しましょう。
制度は複雑で、個別の事情(年齢、家族構成、再就職の有無など)によって最適な選択肢が変わります。不明な点がある場合は、自己判断せず、必ず専門窓口で相談することをお勧めします。
最新情報は厚生労働省やハローワーク公式で確認してください。